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無期転換申込権放棄の特約

塚本 侃| 2013年 8月号掲載

 6月号の話では、無期の労働契約への転換申込権(無期転換申込権)は、労働者に認められた権利であるということでしたが、そうであればその労働者が必要ないと言えば、有期の契約から無期の契約への転換はないことになると考えて良いでしょうか。

 無期転換申込権放棄の特約

 申込権を行使するか否かは労働者の判断に委ねられており、労働者が行使しないと判断することは自由です。ただし、本人の決断が、本心から出たものであったのか、本人の判断によるとしても合理的な判断であったのか、間違った知識や情報に基づくものではなかったのか、勘違いや騙されたり、脅されたりしていなかったのかということが後で問題になります。この様なことを考えれば、労働者の同意さえあれば大丈夫と考えるのではなく、細かな対応が必要となります。

 まず、無期転換申込権が発生する前に、通常より高い給料を払う代わりに無期転換申込権を行使しないという特約はどうでしょうか。残念ながら、予め権利を放棄させる特約は、無期転換申込権を認めた法律の趣旨に反するとみなされ、公序良俗に反し無効と考えられています。

 では予め権利を放棄させる特約であっても、労働者が一定の補償を受けるか、無期転換申込権を行使するか選択できるという場合はどうでしょうか。この場合には、労働者に無期転換申込権の放棄を強要するものではないので、有効と考えられます。

 次に、無期転換申込権が発生した後で、一定の金銭補償をする代わりに無期転換申込権を放棄するという特約は有効でしょうか。この場合、労働者へ放棄を強要しない限り有効です。

 この様に、無期転換申込権を放棄する特約も有効と考えられる場合がありますが、始めに説明したとおり、後日、労働者から、錯誤、詐欺や脅迫といった理由で特約の無効を主張されることもあります。本来、無期転換申込権は労働者の権利ですから、労働者の事情で行使しない場合以外は、それに見合う利益が労働者に認められているはずだと考えられており、それが、合理性の有無の判断に繋がります。その上で、そういう約束ではなかったとか詐欺や脅迫を受けたというトラブルを防ぐために、書類を作成し、内容を明らかにして労働者に署名、押印して貰いましょう。また、意味も分からないままに署名、押印させられたというトラブルを避けるためには署名、押印までに一定の考慮期間をおくことも必要です。

「無期転換申込権を放棄する特約をする場合には」

労働者の個人的理由によるものでない限り、無期転換申込権を行使しない場合にはそれに見合う利益を労働者が得ているということで、特約の合理性が認められることが多いことを明記すべきです。その上で、書類を作成し、労働者に署名、押印して貰うとともに、熟慮期間をおくことも必要です。

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桜樹法律事務所の企業法務

昭和22年生まれ。
熊本高校-中央大学法学部卒。昭和56年弁護士登録。平成15年熊本県弁護士会会長を務めたほか、日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会で要職を歴任。熊本県収用委員会会長。

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