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勤務時間「外」の時間は誰のものか?

馬場 啓| 2019年 9月号掲載

当社では就業規則で社員の兼業を禁止しています。しかしながら他方、「働き方改革」では副業・兼業の普及促進が図られていると聞いていますし、実際にインターネット取引等の副業を行っている社員もいます。今後、会社としては、副業・兼業についてどのような姿勢で臨むべきなのでしょうか?

 「副業」とは時間や収入等において本業より比重が小さい場合、「兼業」は本業と比重が同じ程度の場合というイメージですが、法律上はこの区別に意味はなく、実際上、両者は「副業・兼業」として同じものとして取り扱われています(このため、例えば「自分のは副業だから兼業禁止にはあたらない」等というのは理由になりません。)。

 さて、この「副業・兼業」については、これまで多くの企業が就業規則で禁止しており、厚労省の「モデル就業規則」でも労働者の遵守事項として「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定が置かれていました(「他の会社等の業務」には自営の業務も含まれます。)。

 しかしながら、労働時間内であればその企業の職務に専念する義務があるとしても、労働時間「外」の時間については、この時間をどのように利用するかは、本来的に労働者の自由であるはずです。そこで、裁判例では、各企業において副業・兼業を制限することが許されるのは、労務提供上の支障となる場合、企業機密が漏洩する場合、企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合、競業により企業の利益を害する場合等に限られるとされていました。

 さらに、副業・兼業は、労働者の利益だけでなく、企業にとっても、①労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。②労働者の自律性・自主性を促すことができる。③優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。④労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。等のメリットがあると指摘されています。

 このような観点から、平成30年1月、厚労省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を出して副業・兼業を促進するとともに、「モデル就業規則」を改訂して「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務(*自営の業務も含まれます。)に従事することができる。」と改めました。

 以上のような流れからすると、御社においても、今後は、勤務時間外の副業・兼業については、柔軟に考えた方がいいと言えます。

 とはいえ、副業・兼業を無制限に認めるときには、会社に不利益が発生する場合があります。そこで、原則としては副業・兼業を認めるとしても、例外的に会社がこれを禁止・制限することができる場合を就業規則で明確に規定しておくことが必要です。例えば、さきに述べた裁判例によれば、①労務提供上の支障となる場合、②企業機密が漏洩する場合、③企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合、④競業により企業の利益を害する場合等がこれにあたります。

 上記①の労務提供上の支障として最も心配されるのは長時間労働による労働者の心身の健康状態です。労働者が副業・兼業先でも雇用される場合には、労働時間に関する規定の適用について、御社での労働時間と副業・兼業先での労働時間が通算されますので、副業・兼業先での労働時間を把握しておく必要があります。また、労働時間以外でも、労働者の健康状態を把握するためには、副業・兼業先での勤務の内容・状況等について労働者に申告・届出させることが必要でしょう。

「副業・兼業の促進」

労働者の副業・兼業は企業にとっても利益がある。他方、企業秘密や企業の名誉・信用等の確保、競業による不利益発生の防止、労働者の健康管理への配慮が必要

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桜樹法律事務所の企業法務

熊本市出身、昭和35年生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。95年弁護士登録。2015年度熊本県弁護士会会長、熊本県情報公開・個人情報保護審議会会長、熊本市入札等監視委員会委員長。

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